叱られたい大人たち——誰にも怒ってもらえない孤独について | 石井裕一 - オフィシャルサイト
お叱り代行

叱られたい大人たち——誰にも怒ってもらえない孤独について

2024年08月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

「僕のこと、本気で叱ってください」

今年の8月、うだるような暑さの中、都内のファミレスで向かい合った男性——仮に高木さんとしよう——は、アイスコーヒーのグラスを両手で包みながら、そう言った。34歳。IT企業の中間管理者。身なりは整っていて、声も落ち着いている。どこからどう見ても、誰かに叱られる必要のある人間には見えなかった。

お叱り代行

でも、その目は本気だった。

僕はこれまで5000人以上のスタッフとともに、父親代行、友人代行、謝罪代行、結婚式の代理出席——あらゆる「人間関係の代行」を引き受けてきた。でも「お叱り代行」は、初めて依頼を受けたとき、正直に言えば戸惑った。人は普通、叱られたくない。怒られたくない。それが当たり前だと思っていた。

高木さんは、その当たり前を壊した。

誰にも怒ってもらえないという絶望

高木さんの話を聞いて、僕は黙るしかなかった。

お叱り代行

彼は数年前に両親を相次いで亡くしている。兄弟はいない。職場では「できる人」として通っていて、上司からも部下からも頼りにされている。友人はいるが、深い話はしない。恋人はいない。

「最後に誰かに本気で怒られたのがいつか、思い出せないんです」

高木さんはそう言った。仕事でミスをしても、周囲は気を遣って強く言わない。自分で自分を律するしかない。でも、自分で自分を叱るのには限界がある。鏡に向かって「しっかりしろ」と言っても、それはただの独り言だ。響かない。

「怒ってくれる人がいるって、愛されてるってことだと思うんです」

この言葉が、僕の胸に刺さった。叱るというのは、相手の未来を信じているからこそできる行為だ。どうでもいい人間には、人は怒らない。怒るエネルギーすら使わない。高木さんは、そのエネルギーを向けてくれる誰かを、失っていた。

8月の東京は残酷なほど明るい。窓の外では蝉が鳴いていて、子連れの家族がかき氷を食べている。その光景が、高木さんの孤独をいっそう際立たせていた。

「叱る」の台本は作れない

お叱り代行を実際にやるとなると、これが想像以上に難しい。

謝罪代行なら、ある程度の「型」がある。頭を下げる角度、声のトーン、言葉の選び方。結婚式の代理出席にも段取りがある。でも「叱る」には台本が作れない。形式的に怒鳴っても、相手には響かない。響かないどころか、滑稽になる。

高木さんとの事前打ち合わせで、僕は何度も確認した。どんな場面で叱られたいのか。どんな言葉が刺さるのか。彼の生活習慣、仕事の悩み、先延ばしにしていること。まるでカウンセリングのようだった。

結局、僕が選んだのは「父親」の立場で叱るということだった。高木さんは亡くなったお父さんとの関係が良好だったと言う。厳しいけれど、いつも見てくれていた人だったと。

当日、僕は高木さんと二人で個室の居酒屋に入った。ビールを一杯だけ飲んで、彼が最近サボっていること、逃げていること、自分でもわかっているのにやめられないことを、一つ一つ聞いた。そして僕は、できるだけ本気で言った。

「それ、お前が一番わかってるだろう。逃げるなよ」

高木さんは、泣いた。声を出さずに、ただ涙を流した。34歳の大人が、8月の夜に、赤の他人の前で泣いた。でもそのとき、僕は赤の他人ではなかったと思う。少なくとも、あの瞬間だけは。

感情が本物なら、それは本物か

僕はいつも、この問いに立ち戻る。

高木さんを叱ったとき、僕の感情は演技だったのか。正直に言えば、完全な演技ではなかった。彼の話を聞いているうちに、僕の中にも何かが生まれていた。もどかしさ。歯がゆさ。「もっとやれるだろう」という気持ち。それは仕事として生まれた感情かもしれないけれど、確かに本物だった。

僕は23家族で35人以上の子供の「父親」をやっている。600人以上の女性の「夫」を務めてきた。その中で何度も感じたことがある。感情は、関係性の真偽に左右されない。血がつながっていれば本物の家族か? 契約で結ばれていれば偽物か? そんな単純な話ではない。

高木さんが流した涙は本物だ。僕が感じた苛立ちに似た感情も本物だ。ならば、あの「叱り」は本物だったのではないか。

もちろん、こんな理屈で割り切れるほど簡単ではない。翌朝、僕はいつものように別の現場に向かう。別の誰かの「父親」や「友人」になる。高木さんのことは、次の依頼があるまで心の引き出しにしまう。それがプロの仕事だ。でも、しまったからといって消えるわけではない。

叱る人がいない社会

高木さんのような依頼は、実は増えている。

核家族化が進み、地域のつながりが薄くなり、職場ではハラスメントを恐れて誰も強い言葉を使わなくなった。それ自体は悪いことではない。理不尽に怒鳴られる時代に戻りたいとは、僕も思わない。でも、その結果として「誰にも叱ってもらえない大人」が生まれている。これは、想定されていなかった副作用だ。

ファミリーロマンスのサイトにも、お叱り代行の問い合わせが少しずつ増えてきた。「生活習慣を正したいから叱ってほしい」「転職を迷っていて、背中を押すのではなく、甘えを指摘してほしい」「ダイエットが続かないから定期的に喝を入れてほしい」。理由は様々だけれど、根っこにあるのは同じだ。

本気で自分に向き合ってくれる他者がいない。

SNSには「いいね」が溢れている。誰もが肯定し合い、励まし合う。それはそれで美しい。でも、人は肯定だけでは立てない。「お前、それじゃダメだろう」と言ってくれる存在がいて初めて、自分の輪郭がはっきりする。叱りとは、ある意味で最も親密なコミュニケーションなのだと思う。

僕は何者として叱ったのか

高木さんとの依頼が終わった夜、僕は一人で帰りの電車に揺られながら考えていた。

僕は今日、何者として彼を叱ったのだろう。父親代行として? カウンセラーとして? それとも、ただの石井裕一として?

プライベートでも演技しているのかわからなくなる瞬間が、この仕事にはある。自分の子供を叱るとき、「これは本当の自分の感情か、それとも長年の代行経験が身体に染みついているだけか」と迷うことがある。どこまでが僕で、どこからが「役」なのか。その境界線は、年々曖昧になっていく。

でも、高木さんを叱ったあの瞬間、僕は確かに怒っていた。彼の才能を、彼自身が無駄にしていることに対して。それは台本にはなかった感情だ。打ち合わせで用意したセリフではなかった。

だから僕は、あれでよかったのだと思うことにしている。思うことにしている、という言い方しかできない。確信は持てない。この仕事に確信なんてものはない。あるのは、目の前の人が少しだけ楽になったかもしれないという手応えだけだ。

叱られた後の沈黙について

高木さんからは、その後一度だけ連絡があった。

「あの日から、毎朝走るようになりました」

それだけだった。それだけでよかった。

僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。いつもそう思っている。お叱り代行は特にそうだ。僕が永遠に叱り続けることに意味はない。一度の「叱り」が、その人の中に小さな火を灯せたなら、僕の役目は終わりだ。

本当はこんなサービスはないほうがいい。誰かが本気で叱ってくれる人が、すべての人の人生にいるのが理想だ。でも、現実はそうなっていない。必要としている人がいる限り、僕は続ける。

8月が終わろうとしている。蝉の声が少しずつ弱くなっていく。高木さんは今朝も走っているだろうか。僕にはもう、確かめる術がない。確かめる必要もない。

叱るとは、信じることだ。相手が変われると信じること。そして、叱った後は手を離すこと。それが、僕がこの仕事から学んだ、たった一つの確かなことだ。

「叱ることは愛情の一つの形だ。誰かに叱ってほしいと思う気持ちは、成長への渇望だ」

— 石井裕一