家族の間に立つということ——秋の訪問者 | 石井裕一 - オフィシャルサイト
紛争解決

家族の間に立つということ——秋の訪問者

2024年09月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

九月の初め、まだ残暑が肌に張りつくような午後だった。僕のスマートフォンが鳴った。画面に表示されたのは、登録のない番号。出ると、女性の声がした。五十代くらいだろうか。少し震えていた。

「あの……人を、貸してもらえるんですよね」

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こういう電話は珍しくない。でも、次の言葉で僕の手が止まった。

「息子と話がしたいんです。でも、息子は私の顔を見ると怒鳴るんです。だから、間に誰か入ってほしい。……私の代わりに、謝ってくれる人でもいいんです」

自分の代わりに謝ってほしい。そう言った彼女の声は、諦めに近い静かさだった。僕はその日の予定をすべて確認し直して、翌週、彼女——仮に「佐伯さん」と呼ぶ——に会いに行った。

佐伯さんの台所で聞いた話

佐伯さんのマンションは、都内の私鉄沿線にあった。築三十年以上の、よく手入れされた部屋。玄関に男物の靴はなかった。

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台所でお茶を出してくれながら、佐伯さんは話し始めた。息子の拓也さん(仮名)は三十二歳。数年前から連絡を絶っている。原因は、佐伯さんが拓也さんの結婚に反対したことだった。相手の女性の職業や家庭環境を気にして、つい口を出しすぎた。拓也さんは怒り、実家を出た。その後、結婚もしたらしいが、報告はなかった。

「あの子が正しかったんです。私が間違っていた。でも、そう言う機会がもうないんです」

佐伯さんは泣かなかった。ただ、湯呑みを握る指の関節が白くなっていた。

僕は聞いた。「息子さんに会って、僕に何をしてほしいですか」。佐伯さんは少し考えて、こう言った。「お母さんが後悔しているって、それだけ伝えてほしい。怒鳴られてもいいから」

これは謝罪代行ではない。紛争解決でもない。家族の間に立つということだ。僕はそのとき、そう感じた。

「間に入る」とはどういうことか

ファミリーロマンスには、さまざまな依頼が来る。友人代行、結婚式の代理出席、高齢者の見守り。その中でも特に神経を使うのが、家族間の紛争に関わる仕事だ。

親子の絶縁。兄弟間の遺産トラブル。離婚後の面会交流に立ち会ってほしいという依頼。どれも、当事者同士が直接向き合うと感情が爆発してしまうケースだ。

僕たちが間に入ることの意味は、「緩衝材」になることだと思っている。他人が一人そこにいるだけで、人は少しだけ冷静になれる。怒鳴りたくても、知らない人間の前では声のトーンが一段下がる。その一段が、対話の糸口になることがある。

ただし、僕たちは弁護士でも調停委員でもない。法律的な判断は絶対にしない。僕たちにできるのは、一方の気持ちをもう一方に届けること。ただそれだけだ。でも、「ただそれだけ」が途方もなく難しい。言葉を一つ間違えれば、修復不可能な亀裂になる。だから僕は、佐伯さんの依頼を受ける前に、三日間考えた。

秋風の中で待った三十分

拓也さんへのアプローチは慎重に行った。まず手紙を書いた。僕の名前と、ファミリーロマンスという会社のこと。お母さんから依頼を受けたこと。会ってほしいということ。手紙には佐伯さんの言葉をそのまま書いた。「あの子が正しかった。私が間違っていた」。

二週間、返事はなかった。佐伯さんには「待ちましょう」とだけ伝えた。

九月の終わり、拓也さんから電話が来た。短い会話だった。「三十分だけなら」。指定されたのは、郊外のファミレスだった。

僕は約束の時間の十五分前に着いた。窓の外では、銀杏の葉がわずかに色づき始めていた。拓也さんは時間ちょうどに来た。がっしりした体格の、でも目元が佐伯さんに似ている青年だった。

開口一番、彼はこう言った。「あんた、母親に頼まれて来たんだろう。金もらってるんだろう」

「はい」と僕は答えた。「お金はいただいています」

嘘をつかない。これは僕が現場で守っている原則の一つだ。聞かれたら正直に答える。金銭が発生している関係であることを隠せば、後で必ず信頼が壊れる。

拓也さんは少し驚いた顔をした。おそらく、言い訳か弁解が来ると思っていたのだろう。僕は続けた。「でも、お母さんの気持ちは本物です。これも本当です」

感情に嘘はつけるのか

ここで、僕がずっと考えていることを書きたい。

僕たちの仕事は「代行」だ。誰かの代わりに何かをする。謝罪を代行する。出席を代行する。父親を代行する。でも、感情は代行できるのだろうか。

佐伯さんが拓也さんに伝えたかった後悔。それを僕の口から伝えたとき、その言葉には佐伯さんの感情が乗っているのか。それとも、僕という他人のフィルターを通した時点で、別の何かになってしまうのか。

正直に言えば、わからない。

ただ、僕がこれまで五千人以上のスタッフと現場を重ねてきて感じるのは、「伝わるかどうかは、言葉の正確さではなく、間(ま)で決まる」ということだ。拓也さんの前で、僕は佐伯さんの言葉を一字一句正確に伝えようとはしなかった。佐伯さんの台所で感じた空気、湯呑みを握る指の白さ、声の震え。それを自分の中に思い出しながら、僕なりの言葉で話した。

感情が本物なら、それは本物だ。僕はそう信じている。だから代行であっても、僕がその場で感じたことは嘘じゃない。佐伯さんの痛みに触れて、僕自身が感じた「伝えたい」という気持ちは、僕自身の本物だ。

なぜ家族は壊れ、なぜ直せないのか

日本には、家族の問題を他人に相談することへの強い抵抗がある。「家庭の恥」「身内の問題は身内で」。その感覚は、僕が子供の頃から変わっていないように思う。

でも、現実はどうか。孤独死の件数は増え続けている。親子の断絶、兄弟の絶縁、離婚後に子供と会えない親。僕のもとに来る依頼の多くは、「助けて」ではなく「もう手遅れかもしれないけど」という前置きから始まる。

手遅れかもしれない。でも、手を伸ばしたいという気持ちがまだある。その最後の一歩を、僕たちは支えているのだと思う。

行政の相談窓口に行けない人がいる。カウンセラーに話すのが怖い人がいる。弁護士を入れるほどではないが、当事者同士では無理だという微妙な領域。そこに、僕たちのような存在が必要とされている。本当は、こんなサービスはないほうがいい。家族が直接話し合えるなら、それが一番いいに決まっている。でも、必要としている人がいる限り、僕は続ける。

僕は何者として座っていたのか

拓也さんとの三十分は、結局一時間半になった。

最初は硬かった彼の表情が、少しずつほぐれていった。僕が佐伯さんの話をしたとき、彼は黙っていた。怒鳴りはしなかった。途中でコーヒーをおかわりした。そのとき、小さな声で「……元気なの、あの人」と言った。「あの人」。「母親」とも「お袋」とも言わなかった。でも、その二文字には、数年分の感情が詰まっていた。

僕は答えた。「元気ですよ。でも、少し痩せたかもしれません」

嘘じゃない。佐伯さんの手首は細かった。

帰り際、拓也さんは「考える」とだけ言った。僕には、それ以上踏み込む権利はない。僕は仲介者であり、家族ではない。でも、あのファミレスの席で、僕は何者として座っていたのだろう。佐伯さんの代理人か。拓也さんにとっての見知らぬ他人か。それとも、二人の間に一時的に存在した、名前のない関係か。

僕自身、二十三の家族で三十五人以上の子供の「父親」を務め、六百人以上の女性の「夫」を演じてきた。でも、佐伯さんの依頼は、演じる仕事ではなかった。誰かの役を引き受けたわけではない。ただ、石井裕一として、二人の間に座った。それが逆に、一番難しかった。役がないと、自分を守るものが何もないから。

秋の訪問者が残したもの

あれから数週間が経った。佐伯さんから連絡があった。拓也さんから、短いメールが届いたらしい。「今度、嫁を連れて行く」。たった一行。佐伯さんは電話口で泣いた。僕は「よかったですね」と言った。それ以上の言葉は要らなかった。

僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。いつもそう思っている。佐伯さんと拓也さんの間に僕が立ったのは、ほんの一瞬だ。あのファミレスの一時間半だけだ。でも、その一瞬が、数年間閉じていた扉をわずかに開けた。

血がつながっていれば本物の家族か。そんな単純な話ではない。同じように、他人が間に入ったら偽物の和解か。それも、そんな単純な話ではない。

秋の風が少しずつ冷たくなってきた。銀杏が色づき、やがて散る。季節は誰にも平等に巡る。でも、家族の時間は止まったまま何年も過ぎることがある。

もし今、誰かに伝えたい言葉があるなら。自分では届けられない言葉があるなら。僕はまた、その間に立つ。名前のない役割のまま、ただそこに座る。

それが僕の仕事だ。そして多分、それは仕事という言葉では収まりきらない、何かだ。

「人と人の間に立つとき、大切なのは正しさではなく、双方の痛みを理解することだ」

— 石井裕一