
Family Romance, LLC
ヴェルナー・ヘルツォーク監督 / 2019
監督
Werner Herzog
主演
石井裕一
撮影
2018年 春〜夏
言語
日本語
The Atlanticの記事が
全てを変えた。
石井裕一の誕生
石井裕一は東京都に生まれた。介護福祉士として働き始める。高齢者の介護の現場で学んだのは、人の心に寄り添うことの大切さだった。その後、タレント事務所、広告代理店を経て、100以上のアルバイトを経験した。飲食店のウェイター、引越し業者、イベントスタッフ——あらゆる仕事を転々としながら、石井はある確信を深めていった。「人は誰かに必要とされたい」という根源的な欲求を。
運命の転機
石井の人生を決定的に変えた瞬間は、ある日訪れた。シングルマザーの友人が、娘を幼稚園の入園試験に臨ませようとしていた。しかし、面接には「父親」の出席が求められた。父親がいないことが理由で、子供が不合格になった。
「子供の未来が、家族の『形』によって閉ざされる。そんなことがあっていいのか」
— 石井裕一、Family Romance創業のきっかけを語って
石井は自ら「父親役」を買って出た。面接に同席し、見事に「家族」を演じきった。子供は合格した。この体験が、石井の中に種を蒔いた。「家族の形」が人を苦しめるなら、その形を補う仕事を作ればいい。
Family Romance創業
石井はたった一人でFamily Romanceを立ち上げた。会社名はジークムント・フロイトの心理学概念「Familienroman(家族小説)」に由来する。フロイトは、子供が「本当の親は別にいる」と空想する心理メカニズムを「家族小説」と名付けた。石井のビジネスは、その空想を現実化するものだった。
創業以来、累計1万8千件の依頼に対応し、5000人のスタッフを擁し、月500件の依頼をこなす企業に成長した。石井自身は23の家族の「父親」として、35人の「子供」の父親を演じ続けている。モットーは「本物以上の喜びを」。
2017年——The Atlanticの長編ルポ
2017年、アメリカの権威ある雑誌『The Atlantic』に石井裕一の特集記事が掲載された。「レンタル家族」という日本独自の社会現象を、石井裕一という一人の男を通して世界に伝えた長編ルポルタージュだった。記事は瞬く間にFacebook、Twitter、Redditで拡散された。英語圏の読者は驚嘆し、困惑し、そして深く考え込んだ。
人間関係を「レンタル」するという発想は、孤独が蔓延する現代社会への鏡だった。記事はSNSでバイラルに拡散され、世界中のメディアが後追い取材を始めた。The New Yorker、BBC、NHK、各国のテレビ局が石井のオフィスに殺到した。
この記事を読んだ一人の映画監督が、石井の人生を大きく変えることになる。ドイツの巨匠、ヴェルナー・ヘルツォーク。その名前を聞いた時、石井は知らなかった。世界映画史における生ける伝説の名前を。

Family Romance, LLC (2019)

石井裕一著『人間レンタル屋』(2019年、鉄人社)
世界映画史の生ける伝説
ヴェルナー・ヘルツォークは1942年ドイツ・ミュンヘン生まれ。ニュー・ジャーマン・シネマの旗手として、20世紀後半から21世紀にかけて最も重要な映画監督の一人とされる。70本以上の映画を監督し、そのほとんどが「極限状態の人間」を描いている。
『アギーレ/神の怒り』(1972)
南米アマゾンの密林で、狂気に取り憑かれた征服者アギーレを描いた作品。撮影中、ヘルツォークはペルーのジャングル奥地に数ヶ月間籠り、主演のクラウス・キンスキーとの壮絶な対立は映画史の伝説となった。激流を下る筏の上での撮影、原住民の集落での撮影——全てが命懸けだった。
『フィッツカラルド』(1982)
アマゾンの山の上に蒸気船を運ぶという、実在のゴム王の物語。ヘルツォークは映画のために本物の蒸気船をアマゾンの山越えさせた。CGではない。特殊効果でもない。320トンの蒸気船を、原住民の力を借りて山の斜面を引き上げたのだ。撮影には4年を要し、製作は何度も中断された。ヘルツォークは「映画のために狂気に身を投じる」ことで知られるようになった。
『グリズリーマン』(2005)
アラスカの荒野でグリズリーベアと共に生活し、最終的に熊に殺されたティモシー・トレッドウェルのドキュメンタリー。ヘルツォークは「人間と自然の関係」という普遍的なテーマを、一人の男の壮絶な最期を通じて描いた。
アマゾンの密林、アラスカの荒野、北極の氷原、活火山の噴火口——ヘルツォークは常に「人間の限界」を撮ってきた。そのヘルツォークが70代半ばにして選んだ次の被写体は、東京の小さなオフィスで「他人の人生」を演じ続ける男だった。密林や氷原ではなく、現代日本の都市生活という、別の種類の「極限状態」に目を向けたのだ。
「石井裕一という男の存在そのものが映画だ」
— ヴェルナー・ヘルツォーク

撮影現場にて。ヘルツォーク監督とキャスト
Werner Herzog
1942年 ミュンヘン生まれ
長編映画70本以上
カンヌ国際映画祭 監督賞(1982)
ニュー・ジャーマン・シネマの旗手
ドキュメンタリーとフィクションの境界を問い続ける
代表作
アギーレ/神の怒り(1972)
フィッツカラルド(1982)
グリズリーマン(2005)
世界の果ての洞窟 3D(2010)
Family Romance, LLC(2019)

撮影現場にて

ロフトでのトークショー
巨匠が東京に来た日
The Atlanticの記事を読んだヘルツォークは、即座に石井裕一に連絡を取った。「会いたい」。それだけだった。ヘルツォークは極限状態の人間を描くことで知られ、アマゾンの密林に蒸気船を運び、活火山の噴火口に降り立ち、北極の氷原を踏破してきた。そのヘルツォークが、東京の小さなオフィスで「他人の人生」を演じ続ける男に、何かを見出した。
ヘルツォークは即座に来日を決意した。東京で約80名のオーディションを実施したが、最初から答えは決まっていた。石井裕一本人を主演に起用する。職業として「役」を演じる男が、自分自身を演じるために選ばれる——そのパラドックスこそが、ヘルツォークを魅了したものだった。
ヘルツォーク自身は日本語を話さない。しかし彼はそれを障害とは考えなかった。むしろ逆だった。
「日本語がわからないからこそ、より本物の空気感を大切にできた」
— ヴェルナー・ヘルツォーク
言葉がわからないからこそ、表情、身体の動き、声のトーン、目の輝き——言語以前の「人間の真実」に集中できた。ヘルツォークはこの制約を武器に変えた。通訳を介して最低限の指示を出し、あとは俳優たちの自然な振る舞いに委ねた。
ヘルツォークが石井に出した演出指示は、たった一つだけだった。「演じるな。ただ、自分自身でいろ」。何千もの他人の人生を生きてきた男への、これ以上ない演出指示だった。
2018年春夏、東京と青森。
2018年春から夏にかけて、東京と青森県で撮影が行われた。ヘルツォークは約300〜350分の映像を撮影し、そこから89分の完成版を編み出した。少人数のクルーで、東京の街を縦横に移動しながら、ドキュメンタリーのような手法でシーンを重ねていった。
全編日本語で撮影された。全員が素人俳優だった。プロの俳優は一人もいない。ヘルツォークは意図的に「演じることを知らない人々」を選んだ。レンタル家族の現場で「自然に振る舞うこと」を仕事にしている石井と、演技の訓練を受けていない素人たち——その組み合わせが、ドキュメンタリーとフィクションの境界を消し去った。
「俳優たちにはシーンの骨格と会話の要点だけを伝えた。状況に入って、自分の言葉で話せ。ただし、いくつかの重要なポイントは押さえろ」
— ヴェルナー・ヘルツォーク(演出指示)
ヘルツォークは撮影現場で台本を使わなかった。代わりに「シーンの骨格」だけを伝えた。「ここは公園で、あなたは初めて会う娘と歩いている。何を話すかは自分で決めろ」。石井にとって、それはまさに日常の仕事そのものだった。毎日、初対面の「家族」と自然に会話し、関係を築いている。カメラがあるかないかの違いだけだった。
撮影場所は東京の代々木公園、回転寿司店、ロボットホテル、新幹線、そして青森県。ヘルツォークは日本の日常風景を、外国人の目で新鮮に切り取った。桜の花びらが舞う公園、無人のロボットホテルのロビー、新幹線の車窓から流れる風景——それら全てが、石井の「偽りの家族」との関係を映す鏡となった。
「パラドックスだ。全てが演技で、全てが嘘で、全てが作り物だ。しかし一つだけ、常に本物のものがある。それは感情だ」
— ヴェルナー・ヘルツォーク



Family Romance, LLC (2019) / Dir. Werner Herzog
350
撮影分数
89
本編(分)
0
プロ俳優の数
1
演出指示の数
「演じ方を知らない」人々
谷本まひろ——12歳の少女
映画のもう一人の主役、マヒロ役を演じた谷本まひろ。撮影当時12歳。演技経験は一切なかった。ヘルツォークが約80名のオーディションの中から選んだのは、「カメラの前で最も自然でいられる少女」だった。谷本は「演じる」のではなく、石井が演じる「父親」を自然に受け入れた。カメラがあることを忘れたかのような彼女の振る舞いは、多くの批評家をドキュメンタリーと誤認させた。
藤巻みき——母親役
藤巻みきはマヒロの母親を演じた。シングルマザーが娘のために「レンタル父親」を依頼するという、映画の核心を支える役柄。藤巻もまた素人であり、「母親としての感情」を自然体で表現した。ヘルツォークは、プロの俳優には出せない「生の感情」を引き出すことに成功した。
「私の映画には、あなたが映画で見たことのない瞬間が詰まっている。演技の訓練を受けていない人々だからこそ、カメラの前で本当のことが起きるのだ」
— ヴェルナー・ヘルツォーク
石井裕一——「本人役」という究極のパラドックス
石井は「石井裕一役」を演じた。自分自身を演じる——それは一見簡単に思えるが、最も難しい演技かもしれない。なぜなら石井の「本当の自分」は、常に「他人を演じている自分」だからだ。レンタル家族としての石井は、日常的に他人の夫、父親、友人を演じている。その「演じる自分」を「演じる」——何層もの虚構が重なり合う。
ヘルツォークはこの入れ子構造を最大限に活用した。映画の中で石井が「父親」を演じるシーンは、現実の仕事の再現なのか、映画のために作られた虚構なのか——その境界は意図的に曖昧にされている。石井の結婚式出席は60回を超え、そのうち半数のクライアントは石井との結婚を望んだという。ヘルツォークはこのエピソードを映画の中で直接は描かなかったが、石井の「職業的な魅力」——他人を自然に安心させる力——は画面全体に漂っていた。

石井裕一と谷本まひろ — Family Romance, LLC (2019)

石井裕一 — スタジオポートレート
偽物の中の本物
代々木公園の桜の下で
離婚後、父親に会ったことのない12歳の少女マヒロ。母親がFamily Romanceに依頼し、石井が「父親」として派遣される。東京・代々木公園の桜の下での初対面シーン——石井は見知らぬ少女の前に立ち、「お父さん」として名乗り出る。
満開の桜が風に散る中、二人は初めて手をつなぐ。ヘルツォークはこのシーンを、日本文化における「はかなさ」——桜の花びらが散るように一瞬で消える美しさ——のメタファーとして構成した。「レンタルされた父親」との関係もまた、はかないものなのだ。桜は毎年咲くが、同じ花びらは二度と戻らない。レンタルの父親は毎回現れるが、「本当の父親」にはなれない。
二人は公園を歩き、回転寿司を食べ、新幹線で青森に向かう。マヒロは石井を本当の父親だと信じている。少なくとも、そう演じている。いや、もしかすると——本当に信じたいと思っている。その「信じたい気持ち」こそが、この映画の最も切ないテーマだった。
ロボットホテルの夜——人工と本物の境界
映画の中で最も哲学的なシーン。石井がロボットホテルにチェックインする。フロントにはロボットが立ち、ロビーには人工の水槽が光っている。石井は人工の魚を眺めながら、思いを巡らす——「将来、ロボットが夢を見るようになるだろうか」。
人間の感情をレンタルする仕事をしている男が、人工知能の感情について考える。偽物の魚が泳ぐ水槽の前で、偽物の父親が「本物とは何か」を問う。ヘルツォークらしい、多層的なアイロニーだった。ロボットは感情を模倣するがプログラムに過ぎない。石井は感情を演じるが本物の感情を呼び起こす。では「本物の感情」とは何か。プログラムされた反応と、意図的に演じた感情と、自然に湧き上がる感情の間に、本質的な違いはあるのか。
玄関の前で——ついにマスクを外す
映画のクライマックス。石井が一日の仕事を終え、自宅に帰宅する。玄関のドアの前で、石井はゆっくりと座り込む。一日中誰かの夫や父親を演じていた男が、自分の家の前で「マスクを外す」瞬間。背中は丸まり、肩が落ちている。
カメラは石井の疲労と孤独を静かに捉える。ヘルツォークはこのシーンを「ついにマスクを外した」瞬間と呼んだ。他人のために感情を演じ続けた男が、自分自身の感情と向き合う——それは映画全体のテーマが凝縮された、静かで力強いシーンだった。一日中「誰か」でいた男が、ようやく「自分」に戻る。しかし、「自分に戻る」とはどういう意味なのか。毎日違う人間を演じ続ける石井にとって、「本当の自分」は残っているのか。
本音と建前 — honne to tatemae
映画全体を貫くテーマは、日本文化における「本音」(honne)と「建前」(tatemae)の関係だった。日本社会では、人は常に「建前」——社会的な仮面——を身につけて生きている。会社での顔、家庭での顔、友人との顔。石井のビジネスは、その「建前」を究極まで職業化したものだ。
では、「本音」はどこにあるのか。石井自身の「本音」は何なのか。他人の感情を演じ続ける男に、「本当の自分」は残っているのか。ヘルツォークはその問いを、映画の中に解答なく残した。それこそが、この映画を単なるドキュメンタリーではなく、哲学的な問いかけにしている所以だった。日本的な「建前」の文化は、ヘルツォークにとって最も魅力的なテーマだった——なぜなら、映画もまた「建前」の芸術だからだ。

Family Romance, LLC (2019)
Production Details
巨匠の言葉たち
「パラドックスだ。全てが演技で、全てが嘘で、全てが作り物だ。しかし一つだけ、常に本物のものがある。それは感情だ」
— ヴェルナー・ヘルツォーク
映画の本質を一言で表現した言葉。石井のビジネスも同じだ——全ては「演技」だが、クライアントが感じる感情は本物。
「日本語がわからないからこそ、より本物の空気感を大切にできた」
— ヴェルナー・ヘルツォーク
言語の壁を制約ではなく強みに変えた。言葉がわからないからこそ、表情や身体の動きに集中できた。
「俳優たちにはシーンの骨格と会話の要点だけを伝えた。状況に入って、自分の言葉で話せ」
— ヴェルナー・ヘルツォーク
即興演出の方法論。台本なし、リハーサルなし。状況設定だけを伝え、あとは俳優の自然な反応に委ねた。
「私の映画には、あなたが映画で見たことのない瞬間が詰まっている」
— ヴェルナー・ヘルツォーク
素人俳優だからこそ生まれる「予測不可能な瞬間」。プロの俳優には再現できない、生の人間の反応。
石井の倫理規定——60回の結婚式
ヘルツォークが特に興味を持ったのは、石井の「職業倫理」だった。石井はこれまで60回以上の結婚式に「新郎」として出席している。そのうち半数のクライアントは、石井との本当の結婚を望んだという。しかし石井はそれを全て断った。なぜか。「依頼者の感情を利用することは絶対にしない」——それが石井の倫理規定だった。
偽りの関係の中で本物の感情が生まれる。その感情を搾取せず、保護する。ヘルツォークはこの倫理規定に、映画監督としての自分自身の倫理と共鳴するものを感じた。映画もまた「虚構」の中で「本物の感情」を生み出す行為だ。監督はその感情を搾取してはならない。石井の職業倫理は、映画監督の倫理と驚くほど似ていた。
第72回
カンヌ国際映画祭
2019年5月18日、南フランス
2019年5月18日、南フランスのカンヌ。第72回カンヌ国際映画祭の特別上映部門(Special Screenings)で、『Family Romance, LLC』がワールドプレミアを迎えた。世界で最も権威のある映画祭の一つで、ヘルツォークの最新作として大きな注目を集めた。
カンヌの特別上映部門は、コンペティション部門とは異なり、賞の対象にはならないが、映画祭が「特に注目すべき作品」として選出するセクションだ。ヘルツォークの名前だけで世界中の映画ジャーナリストが集まり、上映は満席となった。
しかし、カンヌのスクリーンに石井裕一の姿が映し出されたその夜、石井本人はそこにいなかった。東京で、いつも通り人間レンタル屋の仕事をしていた。カンヌの赤絨毯と、東京の日常。映画の中の自分がフランスで上映されている同じ時間に、本物の石井は誰かの父親を演じていた——それ自体が、映画のテーマの完璧な体現だった。
カンヌのスクリーンに自分が映っている同じ時間、石井は東京で誰かの父親を演じていた。
その後の映画祭巡回
カンヌでの上映後、映画は世界中の映画祭に招待された。BFI London Film Festival(ロンドン)、Biograph Film Festival(2019年ベストフィルム受賞)、そして2020年以降は各国で劇場公開・配信が始まった。2021年にはポルトガルのFaro Island Film Festivalで石井が新人賞にノミネートされた——映画俳優としてのキャリアが正式に認められた瞬間だった。
Critical Reception
73%
Rotten Tomatoes
55 reviews / Avg: 6.6/10
68
Metacritic
17 reviews / 100点満点
20+
上映国数
世界各国で劇場公開・配信
Festival Timeline
批評家たちの衝撃
映画は世界20カ国以上の映画祭で上映され、各国で劇場公開・配信された。批評家の反応は驚きと称賛が入り混じったものだった。最も多かった反応は「これはドキュメンタリーなのかフィクションなのか」という困惑だった。多くの批評家がドキュメンタリーと間違えた——それほど出演者の演技が自然だった。
「ヘルツォークの最も奇妙な映画」
— IndieWire
IndieWireはこの映画を「ヘルツォークのフィルモグラフィーの中で最も奇妙な作品」と評した。密林や氷原ではなく、東京の日常を舞台にしたヘルツォーク作品——その「奇妙さ」は、題材ではなく、石井のビジネスが提起する哲学的問題に由来していた。
「事実とフィクションの境界を曖昧にする、ヘルツォークらしい作品」
— The Guardian
「奇妙で美しく、不穏で感動的。ヘルツォークの映画でしかありえない」
— RogerEbert.com
「現代日本の孤独と、それに対する創造的な解決策を、静かに力強く描いている」
— Variety
受賞・ノミネート
BFI London Film Festival、Biograph Film Festival 2019 Best Film。2021年、ポルトガルのFaro Island Film Festivalで新人賞にノミネートされた。映画俳優としての正式なキャリアが始まって2年、国際的な映画祭で石井の演技が認められた。
ドキュメンタリーと間違えられた映画
多くの批評家が、この映画をドキュメンタリーと誤認した。それは石井と共演者たちの「演技」があまりにも自然だったからだ。素人俳優だけで構成されたキャストは、「演じている」のか「実際にそうしている」のか、観客にも判別できないレベルの自然さを実現した。ヘルツォークはこの曖昧さを意図的に維持した。「フィクションかドキュメンタリーか」という問い自体が、この映画のテーマだからだ。

テレビレビュー番組での紹介

Conan in Japan — コナン・オブライエンと石井裕一
世界のメディアが石井裕一を求めた
映画の公開前から、石井のビジネスは世界中のメディアの注目を集めていた。映画の公開後、その注目度は爆発的に高まった。
アメリカのトーク番組ホスト、コナン・オブライエンは来日取材の際に石井を訪ね、実際にレンタル家族の現場を体験した。この映像は「Conan in Japan」の一部としてアメリカで放送され、数百万回再生された。
BBCもドキュメンタリー番組で石井を取り上げた。日本のテレビ全局——日テレ、TBS、フジテレビ、テレ朝、テレ東——が石井をスタジオに招いた。「ワイドナショー」「関ジャニクロニクル」などの人気番組に出演し、レンタル家族という社会現象を日本国内でも広く知らしめた。
主な出演メディア
The Atlantic (USA)
BBC (UK)
Conan / TBS (USA)
The New Yorker (USA)
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京
NHK

ロフトでのトークショー

レンタル x ファミリー (2023)
日本映画における異質な存在
『Family Romance, LLC』は、日本映画の歴史の中で極めて特異な位置を占める。外国人監督が全編日本語で撮影し、素人だけを起用し、実在のビジネスをそのまま題材にした——このような作品は前例がない。
小津安二郎が「日本の家族」を撮り、黒澤明が「日本の武士」を描いたように、ヘルツォークは「日本の孤独」を、レンタル家族という社会現象を通じて世界に提示した。しかし小津や黒澤とは異なり、ヘルツォークは日本語を一言も理解しない外国人として、外側から日本を見つめた。その視点こそが、日本人には見えない「日本の姿」を浮かび上がらせた。
この映画が日本の映画関係者に与えた衝撃は大きかった。2023年には日本の監督・阪本武仁による『レンタル x ファミリー』が製作・全国公開された。ヘルツォークが投げた石は、日本の映画産業の中にも波紋を広げ続けている。
レンタル家族は、日本社会が抱える構造的な孤独への、最も日本的な解決策だった。ヘルツォークはそれを、世界の言葉に翻訳した。

石井裕一

公式ポスター(カンヌ / BFI月桂冠入り)

撮影現場 — ヘルツォーク監督とキャスト

撮影現場

映画スチール

映画スチール

映画スチール

石井裕一著『人間レンタル屋』(鉄人社)

Conan in Japan — コナン・オブライエンと石井裕一

ロフトでのトークショー

ニューヨーク製作会議

レンタル x ファミリー (2023)

レンタル x ファミリー (2023)

レンタル x ファミリー (2023)

レンタル x ファミリー (2023)

レンタル x ファミリー (2023)

テレビレビュー番組

石井裕一 — スタジオポートレート

石井裕一 — ポートレート